Column
小貫善二と作品の魅力

小貫善二がつくる陶磁器には、釉薬、焼締め、青白磁、錬込みなど実に様々なスタイルがあります。また使用する土に関しても、陶土と磁土の使い分けはもちろん、個性豊かな日本各地の土をそれぞれの特性に応じて使い分け、ときには混ぜ合わせて作品をつくり上げます。

ある程度のキャリアを積んだ陶芸家の多くは、使用する土や技法を決めています。これは思い描く作品を作るために選び抜いた結果とも言えますが、単なる得意不得意という部分も少なくありません。一方小貫のように、土や技法に囚われないスタイルを実現するためには、常に新しいことにチャレンジする高いマインドが求められます。

土や技法に頑なまでに固執することは、その陶芸家の個性や味になっていきますが、逆の見方をすれば、固執しなければ自分の個性を表現することができないとも言えます。しかし小貫の作品は、スタイルの別に関わらず小貫のそれとわかるアイデンティティを持っています。彼にとって土や技法へのこだわりは、陶芸という大きな枠組みの中にあっては無意味であり、逆に彼の作風を味気の無いつまらないものにしてしまうでしょう。 しかし陶芸家として作品を生み出していく傍ら、土や技法を研究し続ける小貫のスタイルは通常の陶芸家がおいそれと真似できるものではありません。

また小貫はその高いマインドに合い相応しい、高い美的感覚と陶芸技術を持ち合わせています。造形における彼の美的感覚は、中世ヨーロッパから流れる左右対象の美しさをベースとしています。そのベースを守りながら、ときには日本らしい緻密で細かな削り込みや霰(あられ)模様を、またときには浮世絵的な動的で優雅な曲線を作品に交えていきます。これらはどれも押し付けがましくないバランス感覚で、見る者に深い感嘆と心地よさを与えてくれます。しかし、絵付けの美しさに重きを置く日本の陶芸美術界において、造形の戯れを楽しむ小貫の作品はある意味異質と言えるでしょう。
 
技術面で特筆すべきは、粘度も石粒も収縮率も異なる数種類の土を混ぜ合わせて造形・焼成する技術でしょう。もちろんこの技術は、日々の絶え間ない研究と数多くの失敗の上に出来上がったものに他なりません。

ではなぜ彼はそんなことができるのでしょうか?それは彼が芸術家の心を持つクラフトマンだからです。

例えば小貫は芸術性のみが特出した作品をつくることを好みません。彼の作品の多くは、花器や食器や茶碗など、形の大小はあれ人々が普段の生活で使うものばかりであり、オブジェのように単に飾って眺めるしか仕様の無い作品はほとんど作りません。日本には古くから「用の美」という言葉があります。これは使うことを忠実に作られたものには、芸術的な美しさが生まれるという意味です。使い心地のよいものは、作品自体を美しく見せるだけではなく、使う人の仕草まで美しく変えてしまうのです。クラフトマンである小貫の作品は使うことを大前提としています。彼の作品に宿る美しさは、まさに用の美であり、彼にクラフトマンシップがあるからこそ生み出すことのできる美しさなのです。そして彼は、自分の作品を手に入れた人には、自分が想像もつかないような使い方をして欲しいとも言います。日本酒の器にワインを注ぐ、トルソーに花を生ける・・・、普通の陶芸家が嫌がるようなことも、小貫にとっては、新たな発想が生まれるきっかけになるのです。これも彼のチャレンジ精神の高さの表れにほかなりません。

小貫は作品を作ることに一番の生きがいを感じると言います。そして作品を通して誰かと知り合い、その誰かがまた別の誰かと作品を通して知り合っていく、そんなことを想像するととても楽しい気分になるとも言います。もともと民芸品である陶器はその時代における人々の生活や風習や文化に大きな影響を受けてきました。そんな陶器と人との関わりを小貫は一番大切に思っています。
     
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